だいちのプロフィールです。

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どうも、当ブログ「むーびんぐ」を運営しているだいち(@spountant)です。

ここは著者であるだいちのことをより深く知ってもらえるように、あらゆることを詰め込んで作ってみた。

読み物として楽しんでいただけると嬉しい。

 

「むーびんぐ」は自分の人生すべてを詰め込んだ研究日誌

当ブログ「むーびんぐ」は、自分の人生をすべて詰め込んだ、分厚い”研究日誌”のようなものだ。

挑戦や体験、工夫、葛藤、そして発見。

自分の人生が反映される実用的なドキュメンタリーブログとして、来る日も来る日もペンを走らせている。

 

仲間と進歩することの喜び

これまで生きてきた過去の経験と照らし合わせて、「人生におけるいちばんの喜びは何だろう」と考えてみたことがある。

その答えは、「深い信頼で結ばれた仲間と進歩していくこと」だった。

そう思うに至った経緯を少しだけお話したい。

 

朝、お腹がキュッと痛くなるほど嫌だった会社への通勤

今でもたまに夢に見る。振り返ってみるとそれほど嫌だったのだろう。

これまでいわゆる”就職”をしたことはあったが、会社に行くのはいつでも辛かった。

原因は主に「才能を十分に発揮できていないこと」と「職場での人間関係」だったのだと思う。

才能を発揮できていなかったときは成果が出ず、もちろん楽しくもなく、「自分は何をしているんだろう……」という何とも言えない罪悪感のようなものを味わっていた。

当時は営業職だったので、受注を取ることにエネルギーを集中させないといけない。

そのはずなのに上司の機嫌を損なわないように細心の注意を払う自分がいて、エネルギーを浪費する毎日を繰り返した。

休日でも仕事のことが心に引っかかり、月曜日が近づいてくるにつれて自分の中の黒い渦がうごめきだす。

休日はせっかく友人と遊んでいても、心の一部はどこかへ行ってしまっていた。

 

どうして会社に行かなければいけないのかわからなくなった

情熱を持てるわけでもない仕事、才能を発揮できていない働き方、相手の機嫌を最優先に考える少し距離感のある人間関係。

そういう本気になれない日々を過ごして、よく脳裏に浮かびあがってくるワードがあった。

なんのために生きているんだろう

なぜこの仕事をしているのかわからなくなった。

なぜ好きでもない仕事をして、好きでもない人がいる会社に行かなければいけないんだろう。

そこまでしてお金がほしいのだろうか。

人生の喜びを犠牲にしてまで、お金を得る意味はほんとうにあるのだろうか。

そうやって疑いが生まれ始めたら最後、その考えが頭を支配していった。

そしてすぐに退職してしまった。

 

「この人たちと進んでいきたい」と思える仲間

フリーランスなりたての頃の作戦会議

どうせなら自分の人生の舵は、自分で切っていきたい

その思いが強かったので、転職という選択肢はなく、フリーランスとして独立することになった。

関連記事:新卒で入った会社を9ヵ月で辞めて22歳でフリーランスに転身した話

 

フリーランスとなれば、どんな仕事をするのも自分の自由、だれと働くかも自分の自由だ。

自分は退職する前からオンラインコミュニティ「ライフエンジン」に所属しており、かつ運営メンバーだった。

「何をするのも自由」という無限の選択肢があるなかで、自分はライフエンジンのメンバーと働き、生きていきたいなと思った。

彼らは信頼のおける仲間で、才能を存分に活かすことを相互に助け合える。

何より自分が「この人たちいいなぁ」と思えることが大きかった。

会社の外に心の底から信頼できる仲間がいなければ、独立なんてできっこなかったかもしれない。

信頼で結ばれた仲間と一緒に何かをやることは、たとえ何に取り組むのだとしても、とても心が躍ることだった。

 

進歩しつづける道のりを残しておきたい

仲間と深い信頼関係が土台にあって、それぞれが独自の才能を思う存分発揮できる。

このこと以上に人生を豊かにするものは、他にないと思う。

誰も我慢することなく、自分の才能をのびのびと発揮し、全員が貢献感を味わえるような環境。

これまで出会った人、これから出会う人、彼らと信頼関係を築き、ともに進歩していく。

 

「嫌なところで立ち止まらずに、好きなところに行こう。仲間とともに進歩していこう。」

そういう自分に対する後押しの意味を込めて、このブログは「動くこと」という意味の「むーびんぐ」と名付けた。

 

生い立ちと年表

さて、ここからは過去から自分を紐解いていこうと思う。

1995年2月2日大阪で生まれる。兄、自分、妹、妹の4人兄弟。次男。

 

小学校・中学校時代

小学校時代の思い出はあまりない。

中学校時代は部活が中心で、ソフトテニスに明け暮れていた。

クソがつくほどマジメな性格だったので、毎日全力で声を出し、全力でコート内を走り回っていた。

負けず嫌いで、試合に負けると泣きそうになることも多々あった。

漫画に出てくるようなメガネをかけた真面目くんだったことに加え、内気な性格でもあったため、軽くいじめられていた。

 

高校時代

中学のソフトテニス部を引退してから、放課後にしていたサッカーが楽しくて、高校はサッカー部に入った。

またまたクソがつくほどのマジメさを発揮し、練習に打ち込んだ。

なかなかみんなに追いつくことはできず、試合に出るのは毎度恐かったが、いい仲間と出会えた。

波乱万丈というほどでもなく、ほどほどな、でも楽しい高校生活を送った。

 

大学時代

「スポーツが好きだったから」という理由で、スポーツ健康科学部を選んだ。

それが2013年4月のことだったが、その年の12月には、公認会計士を目指し始める。

何か将来のためになることをしたいというのと、学部ではまだ会計士になった者はいないとのことで、学部の先駆者となるべく会計士を目指し始めたのだ。

しかし何かに夢中になりすぎると優先順位がわからなくなる。

会計士の受験時代、付き合っていた恋人と別れた。相当落ち込んだ。

試験が2週間後に迫っていたので、勉強は止めなかったが、涙で問題文を読むことができない。

自習室で、周りの迷惑にならないように、息を殺して泣いていた。そのときに気が付いたことがある。

「めちゃくちゃ勉強して、会計士になって、良い給料もらって、社会に貢献できる仕事をしていたとしても、大切な人が隣にいないとなんにもおもしろくない」

自分は2013年の11月から日記を書き続けているのだが、当時の日記を見返すと、すごい気持ちになる。

文章のその伝わりぐあいというか、胸にズプッと刺さるような文面だ……

2015年11月に無事、会計士試験に合格。

われながら忍耐強く勉強を続けていたと思う。年が明けてから、某監査法人で非常勤として働き始める。

関連記事:大学3回生で公認会計士資格取得。 支えてくれた仲間の存在を、改めて大切に感じる | +Rな人 | 立命館大学

 

ただ、ここでも人間関係に悩むことになった。

上司が恐い。すぐに辞めようと思った。

「せっかく頑張って取った資格なのにもったいない!」という声はめちゃくちゃ多かったが、何の迷いもなかった。

結局7か月で退社してしまった。

どうやら自分は、人間関係に関する忍耐強さは持ち合わせていないらしい。

 

このときは大学の4回生。まだ間に合うので就活をした。

”社員の人柄が良い”という点を軸に、いろんな企業を見ていった。

この時期がもっとも将来について考え、自分の価値観と向き合ったときだったと思う。

そして、自分が好きだと思える会社に拾ってもらった。

 

会社員時代

一時期はほんとうに好きだと思えていたが、それも少し疑いが出始めた。それは上述したとおりだ。

その疑いが晴れることはなく、2017年12月28日、新卒で入社した会社を9か月で退職した。

関連記事:新卒で入った会社を9ヵ月で辞めて22歳でフリーランスに転身した話

 

 

フリーランス時代突入

フリーランス時代のすべてを語ると長くなってしまうので、フリーランス1年目で挑戦したこと、苦しんだこと、すべてを下記の記事にまとめてみた。

関連記事:食えるフリーランスになるには。1年目の道のりを時系列でまとめてみた

 

jMatsuzaki株式会社 参画

2019年3月。フリーランスから、また社員という肩書きを得ることになった。

信頼関係がすでに築かれているjMatsuzaki株式会社の仲間たちとともに、同じ環境で働くことに。

関連記事:jMatsuzaki株式会社に入社することになりました

 

ストレングス・ファインダーとウェルスダイナミクス

ストレングス・ファインダーの診断結果はこちら。

 

ウェルスダイナミクスはロード。

夢と冒険のリスト

未来のことを考えるのが好きなので、夢と冒険のリストを随時更新している。

関連記事:これがおれの夢と冒険のリストだ!!

 

ほしいものリスト

ほしいものリストってその人が何を目指しているのかが分かって、おもしろいなぁと思っている。

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