能力は違えど人として対等。ただ横に立って前に進めればいい。

ぼくはトータルコーディネートという事業をしている。

ある日Twitterを見ていると、仲のいい人が困っていた。

それを見て「なにか力になれないかなぁ」と、ふと思ってリプをする。

実際にzoomで会話をして、その人が困っていることを一つひとつ解決していった。

その後も定期的に相談してもらえるようになったのだが、ぼく自身がzoomの時間を少したのしみにしているのに気づいた。

「仲のいい人といっしょに、同じ方向を向いて歩いていきたいのかもなぁ」と、そのとき思った。

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zoomの時間をたのしみにできているのは、相手に「その問題を解決したい!」という意志を感じられるからなんだと思う。

相手に自発的に行動しようという意志があるとき、ぼくはその人の横にいて、思いが同じ方向に向いている。

相手が抱えている問題に対して、二人で同じ方向を見ている状態。

 

でも仮に、相手がぼくに問題のすべてを投げている場合だったら?

そのときぼくは、相手の数歩先を歩いていることになる。

同じ場所にいてない。ぼくが引っ張らなくちゃいけなくなっている状態。

ぼくは相手の抱えている問題に目線を向けている。相手はぼくに目線を向けている。

「何とかしてよ!」

もし、相手からそういうことを感じ取ってしまったとき、ぼくは不安になるだろう。

「何とかしなきゃ!」と「ちゃんとできなかったらどうしよう」に憑りつかれる。

馬を水飲み場まで連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない。

それと同じで、ぼくが問題を解決する方法を教えることはできるが、ぼくが問題を解決してあげられるわけではないことの方が多い。

だから、一緒の方向を見て、ぼくを見るよりも問題を一緒に見て、いっしょに解決に向けて歩いて行けたらと思う。

問題がなにかさえわからなければ、そのもやを取り除く手伝いもしたい。

本当はどうしたいのか決まっていないのであれば、本当はどうしたいのかをいっしょに考えていきたい。

能力は違えど、人としては対等。だから、「教えてやっている」というスタンスにはなりたくない。

ただ横に立って、一歩一歩、前に進めればいい。

 

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