情熱とは「ずっと続けていたいという欲が止まらないもの」

情熱とは「ずっと続けていたいという欲が止まらないもの」

なかなか情熱というのは、見つけるのがむずかしい。

かくいうぼくも、何十年も生きているのに、自分の情熱を特定できていなかった。

情熱に対して向き合い始めたのは、会社を辞めるちょっと前くらいだったか。

情熱を見つけないとまずいぞと思った。

フリーランスとして生活していくときに、情熱を注げるものがないと、疲弊していってしまいそうだなぁと思い、自分の情熱を探すことに意識的になった。

では、どういう過程で情熱を探っていくのか。

 

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情熱とは、「ずっと続けていたいと思うこと」

そもそも情熱とは何かを定義したいと思う。

ここで情熱とは、「ずっと続けていたいと思うこと」ということにする。

お金をもらわなくてもやりたいことと定義してしまうと、「でもお金なかった生活できないし…」という、変な思考が入ってくる。

寝る間も惜しんでやりたいことだと、「いや、睡眠ちゃんと取らないと不安な感情になるし…」と、これまた脱線してしまう。

生活の基盤・身体の基盤ができてこそ、安心して情熱に目を向けられるものだと思う。

だから、お金も健康もある程度安定していて、その上で「ずっと続けていたいと思うこと」を情熱と呼ぶことにする。

ずっと続けていたいことが、サッカーや野球といった対象があるものかもしれない。

ずっと続けていたいことが、新しい人と出会うこと、知識を積み上げていくこと、のように対象がない場合もあるだろう。

 

情熱とモチベーションとやる気の違いは”欲望”の有無

情熱とは、ずっと続けていたいことだ。

では欲望は、モチベーションややる気と、何が違うのだろうか。

ぼくの中では、やる気は一過性のもの、モチベーションは持続的なものだと思っている。

一時的に、ごうごうと燃え上がるようにやる気が湧きあがったとしても、そのやる気はほんの数時間で消えてなくなってしまう。

そのやる気をデザインするのももちろん大事だと思うが、その話は今はやめておく。

一方、モチベーションは持続的なもので、静かに長時間燃えている炎だ。

やる気には爆発力があるが、モチベーションにはある程度の継続力がある。

 

では、モチベーションと情熱の違いはなんだろうか。

ぼくは、そこに「欲がこもっているかどうか」だと思う。

性癖、こだわり、愛情といってもいいかもしれない。

モチベーションは技術的にコントロールできる部分もある。

でも情熱はコントロールできない。欲だからだ。

内側から自然と湧いてくる欲だから、技術では制御できない。

改めて情熱を定義してみると、「ずっと続けていたいという欲が止まらないもの」と言えるかもしれない。

 

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「これだ!」を体感する

では、その欲をどうやって見つけていこう。

まず大前提として、それが情熱を注げるものかどうかは、体験しないとわからない。

体験せずに空想の中だけで、「これは情熱なんだろうか、いやそれとも、、」と悩んだところで、情熱は見つからない。

正直、情熱かどうかはやればわかることで、情熱に出会ったときは全身でわかるはずなのだ。

「これだ!」という感覚に襲われる。そのときは確信していいと思う。

 

でも、なかなか「これだ!」に出会えないときもきっとあって、そのときは二つのことを試してみる。

まず一つ目は、自分のレベルを上げること。

情熱を見つけられていないのは、ウェルスダイナミクスでいう「赤外線レベル」「赤レベル」の人が多い。

だからまず、自分のやりたいことや得意を追求する前に、レベルアップを優先してみる。

レベルアップするためには「人の役に立つ」必要があって、それこそが情熱を見つける手がかりとなり得る。

大切だからもう一度いうと、「人の役に立つ」ことがレベルアップするにあたって、とても大切な条件だ。

なにかお手伝いするでもいい。相手の苦手を代行するでもいい。自分の得意を活かすのももちろんステキだ。

そうやって、好きより、得意より、「人の役に立つことを優先する」ということに目線やると、すぐにレベルアップはできる。

 

そして、自分のレベルアップを図りつつ、もう一つ試したいことがある。

それが、他人の欲を知ることだ。

特に、自分と似たタイプの人の欲を探ってみるといいと思う。ウェルスダイナミクスでいう同じプロファイルの人。

他人のやりたいことが自分のやりたいことになることがあるように、他人の情熱が自分の情熱になることも、そのきっかけとなることもある。

ここでぼくの欲の一つを紹介すると、ぼくは「蓄えること」に欲がある。

ブログも知識もそうで、蓄えていくことに快感を覚える。自分の資産が増幅していくと、ニヤリとしてしまう。

もちろん欲が一つしかないなんてことはないから、もっともっと見つけていきたいと思う。

 

情熱=やることとは限らない

ここまで情熱について話してきたが、必ずしも情熱で生活していかなくてはいけないわけではない。

「情熱=やること」ではない。強制されるものではないし、それを仕事にしなければいけないわけでもない。

情熱なんてただのやりたいことで、別に仕事にしてもしなくてもいい。

やりたいだけやって、思う存分味わって、ガッツリ仕事にしていくでも、仕事になればラッキーくらいでもいいわけだ。

情熱なんてただのやりたいこと。それ以上でもそれ以下でもない。

 

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